この記事の要点
- 耳鳴りの多くは、内耳からの信号が減った分を脳が補おうとして起こります。つらさは、脳がその音を「気にすべき音」として扱い続けることで増します。
- 首や顎の筋肉からの感覚は、脳の入口で耳からの信号と合流します。首や顎を動かすと音が変わる方が多いのはそのためで、鍼灸はここに働きかけます。
- 仕組みを知ること自体に効果があることが分かっています。静けさを避ける音の工夫、難聴がある方は補聴器も、あわせて進めます。
この症状の正体
耳鳴りとは、まわりに音がないのに音を感じる状態です。キーン、ジー、ブーン、セミの声のような音。静かな場所や夜に目立ち、眠れない、集中できないという困りごとにつながります。本人にしか聞こえない耳鳴りを自覚的耳鳴りといい、ほとんどの耳鳴りがこれにあたります。脈と一緒にドクドクと鳴る拍動性の耳鳴りは血管の問題が隠れていることがあり、耳鼻咽喉科での確認が先です。
自覚的耳鳴りの多くは、内耳の働きが落ちて脳に届く信号が減り、脳がその分を補おうと聴覚の活動を上げることで起こります。だから耳鳴りには難聴が伴うことが多く、本人が気づいていない軽い難聴が背景にあることも少なくありません。耳鼻咽喉科で聴力検査を受けていただくのは、このためです。
音が「つらい」に変わる仕組みは、もう一段階あります。聴覚の活動に、注意や情動を司る脳の領域(扁桃体や前頭前野)が結びつくと、音が「気になって仕方がない」「危険なものに感じる」「眠れない」という苦痛になります。耳鳴りのつらさは音の大きさだけで決まらず、同じ大きさでも平気な人とつらい人がいるのは、この回路の働きの違いです。
なぜ鍼灸が関わるのか
鍼灸が耳鳴りに関わる入口は、首と顎です。首や顎の筋肉からの感覚(体性感覚)は、脳幹にある蝸牛神経核という場所で、耳からの信号と合流します。内耳からの入力が減ると、この合流点で首や顎からの入力の影響が相対的に強まることが、動物の研究で示されています。
人の研究では、耳鳴りのある45人のうち35人で、顎を前に出す、噛みしめる、首を反らすといった頭や首の動きで耳鳴りの音が変わったという報告があります。顎関節症のある方は耳鳴りを併せ持ちやすいことも、複数の研究をまとめた解析で分かっています。耳の中で起きている音なのに、首や顎を動かすと変わる。これが、耳鳴りに首と顎が関わっている何よりの証拠です。
鍼灸は、この入口に働きかけます。耳のまわりに加えて、首の横、後頭部、顎の筋肉のうち「押すと耳鳴りの音が変わる場所」を探して、そこを重点にします。もう1つの狙いは、音をつらく感じさせる脳の回路です。耳鳴りのある方に鍼をした前後で脳の画像を比べた研究では、不安や恐怖に関わる扁桃体と前頭部の結びつきが弱まっていました。音そのものより、音を「つらい」と感じさせる回路に働いている可能性が示されています。
耳からの信号と、首・顎からの感覚は脳幹で合流する

鍼灸の前に確かめること
耳鳴りは、まず耳鼻咽喉科で背景を確かめてから鍼灸に進みます。初回の問診では次の点を確認します。
- 耳鼻咽喉科を受診したか。聴力検査で難聴や中耳の病気が見つかっていないか
- いつから鳴っているか。片耳か両耳か。急に始まったか、だんだんか
- 脈と一緒に鳴る拍動性ではないか
- めまい、急な聞こえの低下、耳の痛みや耳だれを伴っていないか
- 首や顎を動かすと音が変わるか。噛みしめや歯ぎしりの癖があるか
- 眠れているか。集中できているか。気分の落ち込みはないか
耳鼻咽喉科を一度も受診していない耳鳴りには、先に受診をお願いしています。片耳だけの耳鳴りが急に始まった場合は、突発性難聴の可能性があり、時間との勝負になります。耳鳴りの背景にある難聴の程度を知ることは、鍼灸の目標を決めるうえでも欠かせません。
ご注意
片耳が急に聞こえにくくなって耳鳴りが始まった場合は、鍼灸より先に耳鼻咽喉科へ。その日のうちか遅くとも翌日に受診してください。突発性難聴は、治療を早く始めるほど結果がよいとされています。
どこに、どういう狙いで鍼をするか
耳のまわりでは、耳の前の聴宮(ちょうきゅう)、耳の後ろの翳風(えいふう)、完骨(かんこつ)、こめかみの上の率谷(そっこく)などに鍼をします。耳鳴りの研究でもほぼ共通して使われる部位で、耳のまわりの循環と、聴覚の入口に働きかける狙いです。弱い電気を流す鍼通電を加えることもあります。
次に、首・肩・顎の反応点を探します。首の横の筋肉(胸鎖乳突筋)、後頭部と首の付け根、顎の噛む筋肉を順に押して、耳鳴りの音が大きくなる、小さくなる、高さが変わる場所を探します。見つかれば、そこを重点にします。国内の症例集積では、押して耳鳴りが変化した場所に鍼をした例は全員に何らかの変化があったと報告されており、反応点を探す根拠になっています。
3つ目は、手の甲と前腕です。中渚(ちゅうしょ)、外関(がいかん)など。耳鳴りの研究でもほぼ共通して使われ、体全体の反応を引き出す狙いです。頭のてっぺんの百会(ひゃくえ)を加えることもあります。
押すと耳鳴りが変わる場所(反応点)を探す

時期と通い方の目安
耳鳴りの研究は、週1〜3回で10〜20回という設計が中心です。2日に1回で計10回、1回30分という比較試験もあります。当院では、まず週1〜2回で10回を一区切りにします。
初回に耳鳴りの苦痛度の質問票(THI・ティーエイチアイ)と、音の大きさの目盛り(0〜10)を記録し、10回目に同じ物差しで測り直します。変化があれば継続、なければ部位と目標を見直します。20回で目標に届けば間隔を空けて維持に入り、届かなければ続け方を主治医と相談します。途中でも、聞こえが落ちた、耳鳴りが急に変わった、めまいが出たときは、回数を待たずに耳鼻咽喉科を受診してください。
耳鳴りは、音が消えることを目標にすると苦しくなります。当院が目標にするのは「気にならない時間が増える」「眠れる日が増える」「集中できる時間が延びる」です。音の大きさの目盛りより、苦痛度の点数と生活の変化を優先して追います。
分かっていること(研究の報告)
数字は「研究でそういう報告がある」という意味で、効果を保証するものではありません。効果には個人差があります。
- 自覚的耳鳴りへの鍼治療の比較試験をまとめた2021年の解析では、苦痛度の質問票(THI)や音の大きさの目盛りで改善の傾向が示されています。ただし研究の質に限界があるという評価です。
- 耳鳴りのある方に鍼をした前後で脳の画像を比べた2022年の研究では、不安に関わる扁桃体と、右の上前頭回および左の傍帯状回の機能的なつながりが弱まっていました。情動の回路に働いている可能性が示されています。
- 2026年の比較試験では、耳のまわりと首、手の部位への鍼通電を2日に1回、計10回行い、苦痛度の質問票の点数が下がったと報告されています。
- 頭や首の動きで耳鳴りが変わる人は45人中35人、顎を前に出す動きで最も変わりやすかったという2008年の報告が、首と顎に働きかける根拠です。
ポイント
日本の耳鳴診療ガイドラインが強く勧めているのは、仕組みを知る教育的カウンセリングと、難聴がある方の補聴器です。鍼治療そのものの評価はまだ定まっていません。当院の進め方は、この2つを土台にして鍼を足す形です。
あわせて行うこと
耳鳴りでは、鍼以外に3つのことを一緒に進めます。これらは日本のガイドラインで推奨されている、確かな方法です。
- 仕組みを知ること。耳鳴りの起こり方を理解する教育的カウンセリングは、ガイドラインで強く推奨されています。当院でも初回に時間をとって説明します。
- 静けさを避けること。無音の部屋では耳鳴りが目立ちます。耳鳴りより少し小さい音量で、川のせせらぎなどの環境音を流す音響療法をお伝えします。
- 難聴がある方は補聴器を。難聴を伴う耳鳴りに補聴器を使うことは、同じガイドラインで最も強く推奨されています。耳鼻咽喉科でご相談ください。
- 睡眠を整える。噛みしめや歯ぎしりに気づいたら歯科にも相談する。首と肩を冷やさない。
教育的カウンセリングと音響療法の具体的な進め方は、別の解説にまとめています。耳鳴りの測り方(THIと耳こすりテスト)、鍼をする部位の詳しい説明も、それぞれの解説をご覧ください。
