この記事の要点
- 耳鳴りの仕組みを知ること(教育的カウンセリング)は、日本の耳鳴診療ガイドラインで強く推奨されています。知るだけで、つらさの回路が変わります。
- 静けさを避けること(音響療法)も同じガイドラインの柱です。耳鳴りより少し小さい音量で環境音を流し、音を消すのではなく目立たなくします。
- 難聴がある方の補聴器は、最も強い段階で推奨されています。当院の鍼灸は、この3つを土台にして進めます。
この症状の正体
耳鳴りがつらくなる流れは、ひとつのループになっています。耳鳴りの音がある。そこに注意が向く。「このまま治らないのでは」「何か悪い病気では」と不安になる。不安になると脳はその音を「気にすべき音」として扱い、さらに音が目立つ。そしてまた注意が向く。このループが回り続けることで、同じ大きさの音でも、つらさだけが増していきます。
音そのものは、内耳からの信号が減った分を脳が補おうとして生じています。多くの場合、背景に難聴があります。ここまでは「耳」の話です。それをつらくしているのは、注意と情動を司る脳の領域(扁桃体や前頭前野)が聴覚の活動に結びついていることで、ここからは「脳の扱い方」の話になります。
教育的カウンセリングと音響療法は、この「脳の扱い方」に働きかける方法です。音を消すのではなく、脳がその音を危険な音として扱うのをやめ、背景の音として処理するようにする。それが目標です。
耳鳴りが気になり続ける流れ

なぜ鍼灸が関わるのか
当院は鍼灸院ですが、耳鳴りの初回に最も時間をかけるのは、鍼ではなく説明です。理由は単純で、日本の耳鳴診療ガイドラインで「耳鳴の機序の説明を含む教育的カウンセリングは耳鳴に効果がある」とされ、強く推奨されているからです(推奨度1B)。鍼治療そのものの評価はまだ定まっていません。確かなものを土台にして、その上に鍼を足すのが当院の順番です。
鍼灸と教育的カウンセリングは、働きかける場所が重なります。耳鳴りのある方に鍼をした前後で脳の画像を比べた研究では、不安や恐怖に関わる扁桃体と前頭部の結びつきが弱まっていました。カウンセリングが「知ること」で不安の回路を緩め、鍼が体の側から同じ回路に働きかける。当院では、この2つを同じ目標に向けて使います。
音響療法もガイドラインの柱です。難聴がある耳鳴りに補聴器を使うことは最も強い段階で推奨されており(推奨度1A)、補聴器を使わない方でも、環境音で静けさを避ける方法が広く行われています。当院では、ご自宅でできる形でお伝えします。
鍼灸の前に確かめること
教育的カウンセリングは「正しい説明」が前提です。説明の前に、耳鼻咽喉科で背景を確かめていただきます。
- 聴力検査を受けたか。難聴の有無と程度
- 中耳の病気、拍動性の耳鳴り、片耳だけの急な耳鳴りではないか
- 耳鳴りの苦痛度の質問票(THI・ティーエイチアイ)の点数と、音の大きさの目盛り
- 眠れているか、集中できているか、気分の落ち込みはないか
- 耳鳴りについて、いま何を心配しているか
最後の項目が、カウンセリングの出発点です。「脳の病気ではないか」「このまま聞こえなくなるのでは」「一生このままか」。心配の中身によって、説明する内容が変わります。
ご注意
脈と一緒に鳴る耳鳴りは、説明より先に耳鼻咽喉科の検査が必要です。片耳だけの急な耳鳴りや、めまい・急な聞こえの低下を伴う耳鳴りは、音響療法や鍼灸を始める前に、その日のうちか遅くとも翌日に耳鼻咽喉科を受診してください。
どこに、どういう狙いで鍼をするか
この解説の主役は鍼ではありませんが、当院での進め方を書いておきます。初回は、問診と耳鼻咽喉科の結果の確認、質問票の記録、そして仕組みの説明に時間を使います。鍼は、耳のまわり、首・肩・顎の反応点、手の甲に行い、首肩の緊張と、音をつらく感じさせる回路を目標にします。
教育的カウンセリングで当院が説明するのは、次の4点です。
- 多くの耳鳴りの音は、内耳からの信号が減った分を脳が補おうとして生じていると考えられている。耳鼻咽喉科の検査でほかの病気がないと確かめられていれば、脳の病気や、耳が壊れていく音ではない
- つらさは音の大きさではなく、脳がその音を「危険な音」として扱い続けることで増す。平気な人とつらい人の違いはここにある
- 首や顎の筋肉からの感覚が耳からの信号と合流するため、首や顎を動かすと音が変わる。だから首肩の緊張を減らすことに意味がある
- 目標は音を消すことではなく、音が「気にならない時間」を増やすこと。苦痛度の点数と眠れた日数で確かめる
説明を聞いて「それなら大丈夫」と腑に落ちることが、ループの最初の矢印を断ちます。説明は一度で終わりではなく、10回ごとの測り直しのたびに、心配の中身を聞き直して更新します。
時期と通い方の目安
教育的カウンセリングは初回と、10回ごとの測り直しのときに行います。音響療法は初回にお伝えして、その日からご自宅で始めていただきます。鍼は週1〜2回で10回を一区切りにします。
音響療法の進め方は、次のとおりです。
- 静けさを避ける。無音の部屋では耳鳴りが目立ちます。日中も夜も、小さな音がある環境を作ります
- 耳鳴りより少し小さい音量にする。耳鳴りの大きさを10とすると、8くらい。耳鳴りを消す音量にはしません。消そうとすると、脳は耳鳴りを探し続けます
- 音の種類は、高い音の耳鳴りには川のせせらぎ、低い音の耳鳴りには滝の音が合うと言われています。心地よいと感じる環境音を選びます
- 寝るときは、小さく流し続けます。眠りに入るまでの静けさが、耳鳴りが最も目立つ時間だからです
- 難聴がある方は、補聴器が最も強く推奨されています。耳鼻咽喉科でご相談ください
耳鳴りより少し小さい音を流す

分かっていること(研究の報告)
- 日本の耳鳴診療ガイドライン(2019年版)では、耳鳴の機序の説明を含む教育的カウンセリングは「効果がある」とされ、推奨度1B(強く推奨)です。
- 同じガイドラインで、難聴がある耳鳴りへの補聴器は推奨度1A(強く推奨)です。音響療法の中で最も強い推奨です。
- 耳鳴りの苦痛度は、THI(25の質問・0〜100点)で測ります。日本語版の研究で、20点以上の減少、または16点以下になることが改善の目安とされています。当院もこの基準を使います。
- 耳鳴りのある方に鍼をした前後で脳の画像を比べた研究では、扁桃体と前頭部の機能的なつながりが弱まっていました。カウンセリングと鍼が同じ回路を目標にできる根拠です。
ポイント
教育的カウンセリングと音響療法は、鍼灸院に通わなくてもできることです。当院は、これをきちんと伝えたうえで鍼を足します。説明なしに鍼だけを受けることは、お勧めしません。
あわせて行うこと
- 耳鳴りを「測る」習慣をつける。苦痛度の点数と眠れた日数を記録すると、良くなっている日に気づけます
- カフェインとアルコールの量を見直す。夜の耳鳴りが目立つ方では影響することがあります
- 噛みしめ、歯ぎしり、頬杖に気づいたらやめる。顎からの入力が耳鳴りに関わります
- 首と肩を温め、長時間の同じ姿勢を避ける
- 気分の落ち込みが続く場合は、耳鼻咽喉科か心療内科に相談する。耳鳴りと気分は互いに影響します
耳鳴りの仕組みそのものは、耳鳴りと鍼灸の解説にまとめています。測り方は、THIと耳こすりテストの解説をご覧ください。