神経の通り道(耳の後ろ・耳の前と下)
耳の後ろの翳風を中心に、神経が骨の管から出て枝分かれする場所に細い鍼を置き、ごく弱い電気を流して顔の筋肉がぴくっと動くかを数秒間見ます。反応がはっきりしている方は、神経の通り道に沿ってこの弱い通電を続けます。反応の明瞭さが、耳鼻咽喉科で行う誘発筋電図(ENoG)の値と対応すると報告されています。
狙い:神経の反応を確かめる。神経周囲の循環と、再生の後押し
耳鼻咽喉科の治療と並行する鍼灸
発症直後、回復の途中、残った後遺症。時期で役割が変わります
ある朝、顔の片側が動かなくなった。目が閉じない、口から水がこぼれる。顔面神経麻痺は、発症からの時間で目標も鍼の使い方も変わります。最初の2週間は神経の腫れを抑える耳鼻咽喉科の薬が主役で、鍼灸はその上乗せ。回復期は後遺症の芽を抑えることが目標になり、半年を過ぎて残ったこわばりには働きかける余地があります。3つの時期を通して、当院が何を確かめ、何を測り、どこに鍼をするかを1枚にまとめました。
金山駅 北口すぐ・2026年秋 開院予定。執筆・監修は医師の高杉浩司です。
鍼灸の立ち位置
鍼灸は、耳鼻咽喉科の診断と治療に代わるものではありません。発症直後のステロイドと抗ウイルス薬は、回復を左右する最も大事な治療です。まず耳鼻咽喉科へ。鍼灸はその治療と並行して行います。
顔面神経は脳幹から出て、耳の後ろにある細い骨の管を通り、耳の下で枝分かれして額、目のまわり、頬、口のまわりの筋肉に届きます。ウイルスの関与などで神経が腫れると、この管の中で圧迫されて信号が通らなくなり、顔の片側が動かなくなります。腫れが軽ければ、神経の線維は無事なまま信号だけが止まっている状態で、数週間で戻ります。腫れが強いと線維そのものが傷み、根元から1日に1ミリほどの速さで伸び直すため、顔に届くまで数か月かかります。この伸び直しの途中で本来と違う筋肉につながると、口を動かすと目が閉じる病的共同運動になり、動かない筋肉は縮んでこわばります。だから最初の2週間に腫れを抑えることが、何より大事です。

発症からの時間で、目標も、鍼の使い方も変わります。いまの時期に近いものからお読みください。

顔面神経が腫れて、通り道の骨の管の中で圧迫されている状態。耳鼻咽喉科の薬が主役で、鍼灸はその上乗せです。
くわしい解説を読む
傷んだ神経が再び伸びていく時期。回復を助けることと、後遺症を作らないことの両方が目標になります。
くわしい解説を読む
再生した神経が本来と違う筋肉につながった状態。治りにくい後遺症ですが、こわばりと生活のしづらさに働きかける余地があります。
くわしい解説を読む顔面神経麻痺の多くは、耳鼻咽喉科の治療と並行して鍼灸を進められます。ただ、顔の麻痺には、まれに急いで見分けるべき病気が隠れていることがあります。次のようなときは、鍼灸より先に受診してください。
すでに耳鼻咽喉科にかかっている方は、検査の結果と薬の内容を確認したうえで施術に入ります。糖尿病のある方、妊娠中の方は、経過に関わるためお伝えください。
次にあてはまる場合は、施術より先に受診をお願いしています。
すぐに救急へ
その日のうちか、翌日に受診
鍼灸の途中で、麻痺が少しずつ強くなるなど、いつもと違う変化があれば主治医にご相談ください。
時期で狙いが変わります。急性期は神経の反応を確かめて進め方を分け、回復期は動き始めた筋肉とこわばり始めた筋肉を分けて見ます。後遺症の段階は、こわばった筋肉そのものが対象です。どの時期も、筋肉をくり返し強く収縮させる刺激は使いません。
耳の後ろの翳風を中心に、神経が骨の管から出て枝分かれする場所に細い鍼を置き、ごく弱い電気を流して顔の筋肉がぴくっと動くかを数秒間見ます。反応がはっきりしている方は、神経の通り道に沿ってこの弱い通電を続けます。反応の明瞭さが、耳鼻咽喉科で行う誘発筋電図(ENoG)の値と対応すると報告されています。
狙い:神経の反応を確かめる。神経周囲の循環と、再生の後押し
反応が弱い方、動かない方は、神経の傷みが強い前提で、顔の筋肉に浅い鍼を置きます。回復期は動き始めた筋肉とまだ動かない筋肉を分けて見て、こわばり始めた筋肉にはゆるめる方向に、動かない筋肉には軽く反応を引き出す方向に鍼をします。筋肉ごとに狙いが違うのが回復期の特徴です。
狙い:回復までの数か月の間にこわばらせない。後遺症の土台を作らない
発症から半年以上たって残ったこわばりには、触って硬く、動かすとつっぱる筋肉そのものに浅い鍼を置きます。口を動かすと目が閉じる方なら、目のまわりの強く縮む側をゆるめ、動きにくい側を軽く引き出す。組み合わせごとに狙いを分けます。神経のつながりそのものを鍼で戻すことはできず、目標はこわばりと生活のしづらさに置きます。
狙い:こわばりとつっぱり、動かしにくさに働きかける
風池、天柱、合谷、後遺症の段階では肩井など。顔の緊張は首の緊張と連動し、動かない顔をかばって首肩に力が入っている方が多いため、どの時期も顔以外からの入力を整えます。
狙い:首肩の負担を減らし、顔の緊張を支える土台を整える

神経の通り道への通電は、筋肉を鍛えるものではなく、トントンと脈打つ程度のごく弱い刺激です。筋肉をくり返し強く収縮させる目的の電気刺激は、急性期にも後遺症の段階にも行いません。
発症からの時間で、目標も通う頻度も変わります。急性期は週1〜3回、回復期と後遺症の段階は週1回が目安で、4週ごとに同じ方法で測り直して続けるかを一緒に決めます。
発症から早く始めるほど回復が良く、ステロイドは2週間以内が目安です。まず耳鼻咽喉科へ。鍼灸は薬の治療と並行して週1〜3回。初回に薬と検査結果を確認し、柳原法で採点し、鍼で神経の反応を確かめて進め方を分けます。鏡の前で表情をくり返す練習はしません。
動きが戻り始めたら週1回に移ります。神経の通り道を続けながら、動き始めた筋肉とこわばり始めた筋肉を分けて見ます。4週ごとに柳原法の点数、目の閉じ方、共同運動の芽を同じ方法で測り直します。軽症から中等症の方は、1〜2か月で治癒に向かうことが多い時期です。
回復していれば間隔を空けて維持に移ります。回復が乏しい、後遺症の芽が強い場合は、耳鼻咽喉科での再評価と追加治療の相談をお勧めします。重症の方はここから半年の時間軸で考え、鍼灸は後遺症を作らない方向を続けます。
急ぎはありません。週1回で4週を一区切りにし、こわばりと共同運動の程度、生活のしづらさを測り直します。12週で目標に届けば2〜4週に1回の維持へ。共同運動が生活に大きく影響していれば、ボツリヌス毒素の注射や手術について主治医に相談します。鍼灸と並行できます。
「動くようになった気がする」ではなく、同じ物差しで繰り返し測ります。当院が柳原法を使うのは、鍼灸院で何をしてどう変わったかを主治医がそのまま読めるようにするためです。合計点だけでなく、こわばりと共同運動が増えていないことも、同じ重さで見ます。
顔の10の動きをそれぞれ0・2・4点で採点し、40点満点で麻痺の程度を表します。初診時に22点以上が軽症、12〜20点が中等症、10点以下が重症の目安。同じ人が、同じ順序で、同じ明るさの部屋で採点します。
初回と4週ごと健康な側と比べて麻痺側の神経がどのくらい残っているかを百分率で示す、耳鼻咽喉科の検査です。鍼灸院では行えないため、結果の控えをお持ちいただき、計画に反映します。
初回(耳鼻咽喉科の結果を確認)完全に閉じられるか、白目が見えるか。目を閉じたとき口角が動くか、口を動かしたとき目が細くなるか。顔の写真を同じ場所、同じ明るさで撮っておくと、点数と合わせて変化が分かります。
毎回確認、写真は4週ごと
数字は「研究でそういう報告がある」という意味で、効果を保証するものではありません。効果には個人差があります。
急性期90人を3群に分けた研究で、鍼通電で顔の筋肉がはっきり動く群は誘発筋電図(ENoG)の値が有意に高く、弱い群と動かない群は同じくらい低いという報告です。鍼灸院で反応を確かめて進め方を分ける根拠です。
Horibe G, et al. Med Acupunct 2023
国内の症例集積では、神経の検査の値が高い群の多くが1〜2か月で治癒した一方、値が低い群は半年近くかかり、治癒に至らない例が多数でした。見通しを最初に共有する根拠です。
堀部豪, 他. 全日本鍼灸学会雑誌 2021
発症早期から鍼・鍼通電を始めた群は、そうでない群より早く治癒したという報告があります。背景をそろえた比較です。
Yang LS, et al. Front Neurol 2022
完全麻痺の方で、表情を動かす練習を続けた群と、マッサージで動きを抑えた群を比べた国内の研究では、1年後の拘縮の点数と総合点が、マッサージ群の方が良好でした。百面相をしないでくださいとお伝えする根拠です。
栢森良二, 他. Facial N Res Jpn 2005
発症から半年以上たったベル麻痺の後遺症に、顔への鍼を週1回行った無作為化試験では、顔の機能と生活の質の点数、こわばりの自覚が、行わなかった群より改善していました。
Kwon HJ, et al. Trials 2015
日本の顔面神経麻痺診療ガイドライン(2023年版)で、鍼治療は急性期・慢性期ともに「弱く推奨」です。2011年の手引きでは「科学的根拠が不十分で勧められない」でした。評価が変わった理由は、柳原法や神経の検査といった耳鼻咽喉科と同じ物差しで効果を測った研究が蓄積されたからです。薬や手術の代わりという意味ではなく、主役はステロイドと抗ウイルス薬で、鍼灸はその治療を受けたうえでの選択肢です。
受診の間の毎日に何をするかが、後遺症を左右します。鍼灸院に通わなくてもできることです。
このページは医師が執筆・監修し、施術はハリメド鍼灸院の鍼灸師が行います。各解説の内容について医師が確認した日付は、記事ごとに表示します。
豊田土橋リウマチクリニック 院長/医師×鍼灸師プラットフォーム「HARI×MED(ハリメド)」管理者
金山ハリメド鍼灸院(2026年秋 開院予定)
顔面神経麻痺診療ガイドライン 2023年版:鍼治療は「弱く推奨」
2023年の改訂で、鍼治療は急性期・慢性期ともに「弱く推奨」になりました。薬や手術の代わりという意味ではなく、時期や重症度、本人の希望を考えて選んでよい治療、という段階です。
初回のご相談で多い質問をまとめました。ここに無いことは、問診のときに何でもお聞きください。
いいえ。まず耳鼻咽喉科を受診してください。発症から2週間以内のステロイドと抗ウイルス薬は、回復を左右する最も大事な治療です。鍼灸で受診を遅らせてはいけません。
手足のしびれや力の入りにくさ、言葉のもつれ、強い頭痛を伴う場合は脳の病気の可能性があり、すぐに救急へ。耳の痛み、耳や口の中の水ぶくれ、めまい、難聴を伴う場合はハント症候群の可能性があり、早期の抗ウイルス薬が重要です。
耳の前と下、神経が骨の管から出て枝分かれする場所に細い鍼を置き、ごく弱い電気を流して、顔の筋肉がぴくっと動くかを数秒間見ます。
この反応がはっきりしている方は神経の検査の値が高く、弱い方と動かない方は同じくらい低いという報告があります。反応がはっきりしていれば神経の通り道を、弱ければ顔の筋肉と首を目標に、進め方を分けます。
力いっぱいの練習はしないでください。神経が伸び直す途中で顔の筋肉を強く、何度も動かすと、本来と違う筋肉につながりやすくなり、病的共同運動とこわばりを強めることが分かっています。
動きが戻り始めたら、口だけ・目だけをゆっくり単独で動かす練習に切り替えます。目を閉じたとき口角が動くといった芽に気づいたら、その動きを避ける練習と、なでるマッサージを優先します。
急性期に週1〜3回で始めた方は、2週間を過ぎて動きが戻り始めたら週1回に移ります。4週ごとに柳原法の点数、目の閉じ方、共同運動の芽を同じ方法で測り直します。
軽症から中等症の方は1〜2か月で治癒に向かうことが多く、回復していれば間隔を空けて維持に移ります。3か月の時点で回復が乏しければ、耳鼻咽喉科での再評価と追加治療の相談をお勧めします。
正直にお伝えします。病的共同運動は、伸び直した神経が本来と違う筋肉につながった状態で、神経の配線そのものを鍼で戻すことはできません。
一方、こわばりとつっぱり、動かしにくさ、それに伴う生活のしづらさには働きかける余地があります。こわばりが減って共同運動が目立たなくなることはあり得ますが、配線が戻ったわけではないという区別を、当院は大事にしています。
並行できます。意図しない筋肉の動きを抑えるボツリヌス毒素の注射や形成外科の手術は医師の領分で、鍼灸がそれを遠ざけることはありません。
共同運動が生活に大きく影響している場合は、相談をためらう必要はありません。鍼灸はこわばりと首肩の緊張、毎日のマッサージの指導を受け持ちます。
神経がどのくらい傷んだかで、時間軸がまったく違います。見通しに関わる要因は、初回受診時の重症度(柳原法で10点以下)、神経の検査の値の低さ、ハント症候群、年齢の高さです。要因があっても回復しないという意味ではなく、時間がかかり、途中でこわばりや共同運動が出やすいという意味です。
国内の症例集積では、神経の検査の値が高い群の多くが1〜2か月で治癒した一方、値が低い群は半年近くかかりました。見通しは計画のためのもので、あきらめるためのものではありません。
はい。柳原法の点数と、誘発筋電図(ENoG)の値、薬の内容の控えをお持ちください。神経の検査は鍼灸院では行えないため、結果を受け取って計画に反映します。
当院も同じ柳原法で初回に採点し、4週ごとに測り直します。同じ物差しなので、ご希望があれば主治医との情報共有にそのまま使えます。
テーマごとに、何が起きているのか、何を確かめ、どこにどういう狙いで鍼をするのか、研究で分かっていることを1本ずつ書いています。執筆・監修は医師の高杉浩司です。
顔面神経麻痺の発症から2週間は、薬が主役で鍼灸は上乗せある朝、顔の片側が動かなくなった。発症から2週間は、神経の腫れを抑える耳鼻咽喉科の薬が何より大事な時期です。鍼灸はその上乗せとして、神経の反応を確かめて進め方を分けます。急性期に何を確かめ、何をして、何をしないかを整理しました。
百面相はしない。顔面神経麻痺の表情筋の練習と電気刺激の是非顔面神経麻痺で「早く動かした方がよい」と思って鏡の前で表情をくり返すと、後遺症を強めることが分かっています。筋肉の強化訓練や強い電気刺激も同じです。何をやめて、何に切り替えるのか、研究の報告をもとに整理しました。
顔面神経麻痺の回復期に、後遺症を作らないために発症から2週間を過ぎ、傷んだ神経が少しずつ伸び直す時期。回復を助けることと、こわばりや病的共同運動の芽を早く見つけて抑えることの両方が目標になります。重症度で見通しがどう違うか、この時期の鍼灸と練習の切り替え方をまとめました。
治りにくい顔面神経麻痺の見分け方。重症度・ハント症候群・神経の検査「いつ治りますか」に、正直に答えるための解説です。初診時の重症度、神経の検査の値、ハント症候群かどうか、年齢。見通しに関わる要因と、治りにくい場合に何が変わるのか、鍼灸院でできる見通しの手がかりを整理しました。
顔面神経麻痺の後遺症、こわばりと病的共同運動に鍼灸ができること発症から半年以上たって残った顔のつっぱり、口を動かすと目が閉じる、食事で涙が出る。病的共同運動そのものはとても治りにくい後遺症ですが、こわばりと生活のしづらさには働きかける余地があります。鍼灸にできることと、医師の選択肢を率直に書きました。
柳原法(40点法)で顔面神経麻痺の経過を測る顔の10の動きをそれぞれ0・2・4点で採点し、40点満点で麻痺の程度を表す柳原法。耳鼻咽喉科でも使われるこの物差しを、当院も同じ方法で使います。10項目の中身、点数と重症度の目安、神経の検査との関係、4週ごとの測り直しを説明します。