この記事の要点
- 軽症なら数週間、中等症以上は数か月の時間軸です。初診時の重症度と神経の検査の値で、見通しは大きく違います。
- この時期の鍼灸は、回復の後押しと、こわばり・共同運動の芽を早く見つけて抑えることの両方が目標です。
- 動きが戻り始めたら、強い練習ではなく、個々の筋肉をゆっくり単独で動かす練習に切り替えます。
この症状の正体
腫れが引いたあとの経過は、神経がどのくらい傷んだかで分かれます。信号だけが止まっていた軽い傷みなら、数週間で元どおりに動きます。神経の線維そのものが傷んだ場合は、根元から少しずつ伸び直します。速さは1日に1ミリほどと言われ、顔の筋肉に届くまで数か月かかります。
この伸び直しの途中で、神経が本来とは違う筋肉につながってしまうことがあります。口を動かすと目が閉じる、目を閉じると口角が動く。これが病的共同運動です。また、動かない筋肉は縮んでこわばり、拘縮と呼ばれる状態になります。神経の傷みが強いほど、どちらも出やすくなります。
重症度ごとに経過が大きく違うことは、国内の症例の集積からも分かっています。神経の検査の値が高い群の多くは1〜2か月で治癒した一方、値が低い群は半年近くかかり、治癒に至らない例も多くありました。見通しを最初に共有するのは、このためです。
発症からの時間と、それぞれの役割

なぜ鍼灸が関わるのか
回復期の鍼灸には、2つの方向の役割があります。
1つは、回復の後押しです。神経の通り道の循環を保ち、伸び直す過程を妨げない。急性期に反応を確かめた方は、反応が明瞭になってきたかを4週ごとに見ながら、ごく弱い電気を続けます。
もう1つは、後遺症の芽を早く見つけて抑えることです。拘縮と病的共同運動は、出てしまってから戻すのがとても難しい後遺症です。だから回復期は、動き始めた筋肉を喜ぶだけでなく、こわばり始めた筋肉、動かしたときに一緒に動いてしまう筋肉を毎回確かめます。見つけたら、その筋肉をゆるめる方向に鍼をし、その動きを避ける練習に切り替えます。
2023年の日本のガイドラインでは、急性期と慢性期の鍼治療がどちらも「弱く推奨」です。回復期はその間にあたり、どちらの役割も担う時期です。
鍼灸の前に確かめること
回復期の初回、または急性期から続けている方の4週ごとの測り直しで、次を確認します。
- 柳原法の点数。初診時からどう動いたか。額、目、頬、口のどこが戻り、どこが戻っていないか
- 神経の検査(ENoG)の結果。耳鼻咽喉科で出ていれば、その値
- 目を閉じたとき口角が動くか。口を動かしたとき目が細くなるか(共同運動の芽)
- 顔のつっぱり、こわばり、食事で涙が出るか
- いま行っている練習の内容。鏡の前で表情をくり返していないか
- 薬の内容と、主治医からの次の受診の指示
回復が乏しい場合や、麻痺が一時的に強くなった場合は、主治医での再評価をお願いします。回復期の途中で麻痺が進む場合は、別の原因が隠れていることがあります。
ご注意
回復期にも、耳鼻咽喉科の受診は主治医の指示どおりに続けてください。鍼灸を始めたことを理由に受診を飛ばさないでください。
どこに、どういう狙いで鍼をするか
神経の通り道は、急性期と同じく耳の後ろの翳風(えいふう)とその周囲です。反応が明瞭になってきた方は、ごく弱い電気を続けます。狙いは再生の後押しです。
顔の筋肉は、動き始めた筋肉と、まだ動かない筋肉を分けて見ます。額、目のまわり、頬、口のまわりを順に確かめ、こわばり始めた筋肉には浅い鍼でゆるめる方向に、動かない筋肉には軽く反応を引き出す方向に鍼をします。筋肉ごとに狙いが違うのが回復期の特徴です。
首と肩、手の部位も続けます。風池(ふうち)、天柱(てんちゅう)、合谷(ごうこく)など。顔の緊張は首の緊張と連動するため、顔以外からの入力を整えます。
時期と通い方の目安
回復期は週1回を基本にします。急性期に週1〜3回で始めた方は、2週間を過ぎて動きが戻り始めたら週1回に移ります。
- 2週間から1か月:神経の通り道を続けながら、動き始めた筋肉と動かない筋肉を分けて見る
- 4週ごと:柳原法の点数、目の閉じ方、共同運動の芽を同じ方法で測り直す
- 1〜2か月:軽症から中等症の方は、この頃に治癒に向かうことが多い時期。回復していれば間隔を空けて維持に移る
- 3か月:回復が乏しい、後遺症の芽が強い場合は、耳鼻咽喉科での再評価と追加治療の相談を。重症の方はここから半年の時間軸で考える
発症から半年以上たって残ったこわばりと病的共同運動の考え方は、別の解説にまとめています。
分かっていること(研究の報告)
数字は「研究でそういう報告がある」という意味で、効果を保証するものではありません。効果には個人差があります。
- 初診時の柳原法の点数が10点以下の重症例は、回復に時間がかかりやすく、有意に予後が悪いという報告です。22点以上が軽症、12〜20点が中等症の目安です。
- 完全麻痺の方で、随意運動(表情を動かす練習)を続けた群と、マッサージで動きを抑えた群を比べた国内の研究では、1年後の拘縮の点数と総合点が、マッサージ群の方が良好でした。動かす練習が後遺症を強めることの根拠です。
- 表情筋の個別の強化訓練を行っても、6か月後、12か月後の点数に差がなかったという無作為化試験があります。力いっぱい動かす練習は、回復を早めない一方で後遺症の面では不利です。
- 神経の検査の値が高い群は1〜2か月で治癒する例が多く、低い群は半年近くかかったという国内の症例集積が、見通しの根拠です。
ポイント
回復期にいちばん避けたいのは、動きが戻り始めた喜びで力いっぱい表情を動かすことです。戻ってきた動きは「ゆっくり、単独で」。これが後遺症を作らない練習の原則です。
あわせて行うこと
- 動きが戻り始めたら、鏡を見ながら「口だけ」「目だけ」をゆっくり単独で動かす練習に切り替える。力いっぱいの練習はしない
- 目を閉じたとき口角が動く、口を動かしたとき目が細くなる。この芽を見つけたら、その動きを避ける練習と、こわばる筋肉をゆるめるマッサージを優先する
- 顔を温め、手のひらでやさしくなでるマッサージを毎日。1日2回、各2〜3分が目安
- 目の保護は、完全に閉じられるようになるまで続ける
- 食事で涙が出る、顔がつっぱるといった変化は、次回に必ず伝える
回復期の練習は、強さより正確さ
