この記事の要点
- 正直にお伝えします。病的共同運動そのものは、とても治りにくい後遺症です。神経のつながりを鍼で戻すことはできません。
- 一方、こわばりとつっぱり、動かしにくさ、それに伴う生活のしづらさには働きかける余地があります。後遺症に対する鍼治療も、日本のガイドラインで「弱く推奨」されています。
- ボツリヌス毒素の注射や形成外科の手術という選択肢は医師の領分です。必要に応じて相談をお勧めします。鍼灸と並行できます。
この症状の正体
顔面神経麻痺の後遺症は、大きく2つあります。
1つは病的共同運動です。傷んだ神経が伸び直すときに、本来とは違う筋肉につながってしまった結果、意図しない筋肉が一緒に動きます。口を動かすと目が閉じる、目を閉じると口角が動く、食事をすると涙が出る(ワニの涙と呼ばれます)。神経の配線が変わってしまった状態なので、配線そのものを戻す方法は、鍼を含めてありません。
もう1つは拘縮、つまりこわばりです。顔の筋肉が常に軽く緊張した状態が続くと、顔が小さく見える、ほうれい線が深くなる、目が細くなる、頬がつっぱるといった変化につながります。こちらは筋肉の状態なので、働きかける余地があります。
この2つは別のものですが、互いに強め合います。共同運動で意図しない筋肉が動き続けると、その筋肉がこわばり、こわばりが共同運動を目立たせます。鍼灸が受け持つのは、この悪循環のうち、こわばりの側です。
病的共同運動が起こる仕組み

なぜ鍼灸が関わるのか
後遺症の段階で鍼灸が関わる理由は、こわばりとつっぱり、動かしにくさ、それに伴う生活のしづらさに働きかけられるからです。発症から半年以上たったベル麻痺の後遺症に、顔への鍼を週1回行った無作為化試験では、顔の機能と生活の質の点数、こわばりの自覚が、行わなかった群より改善していました。国内でも、慢性期の患者に週1回の鍼を行い、顔面神経麻痺に特化した生活の質の尺度で改善がみられたという報告があります。
2023年の日本のガイドラインでは、慢性期の鍼治療が後遺症を軽減するかという問いに対して「弱く推奨」とされました。ただし、慢性期の研究は急性期より数が少なく、どのくらい期待できるかはまだ十分に分かっていません。当院は「こわばりと生活のしづらさに目標を置く」と最初にお伝えしたうえで、4週ごとに同じ方法で確かめながら進めます。
共同運動そのものが生活に大きく影響している場合は、ボツリヌス毒素の注射で意図しない筋肉の動きを抑える方法や、形成外科の手術があります。これらは医師の領分で、鍼灸と並行できます。相談をためらう必要はありません。
補足
「鍼で共同運動が治った」という表現を目にすることがあります。神経の配線を鍼で戻すことはできません。こわばりが減って共同運動が目立たなくなることはあり得ますが、配線が戻ったわけではないという区別を、当院は大事にしています。
鍼灸の前に確かめること
後遺症の段階では、次を確認します。
- 発症からどのくらいたっているか。耳鼻咽喉科で最後に評価を受けたのはいつか
- どの動きで、どの筋肉が一緒に動くか(口を動かすと目、目を閉じると口角、食事で涙)
- こわばりの場所と程度。顔の左右の大きさの違い、ほうれい線の深さ、目の細さ
- 柳原法の点数と、共同運動・拘縮の程度を点数にした尺度があれば、その値
- ボツリヌス毒素の注射や手術について、主治医と相談したことがあるか
- いま行っている練習。力いっぱいの表情練習をしていないか
発症から半年以上たっていても、麻痺が新たに進んでいる、反対側にも症状が出た、顔の麻痺以外の症状がある場合は、鍼灸より先に医療機関へ。
ご注意
力いっぱいの表情練習は、この段階でも逆効果です。こわばる筋肉を伸ばすマッサージに切り替えてください。
どこに、どういう狙いで鍼をするか
こわばった筋肉そのものに、浅い鍼を置きます。頬、口のまわり、目のまわり、あごの筋肉のうち、触って硬く、動かすとつっぱる場所です。狙いは、筋肉をゆるめる方向に働きかけることです。
共同運動を起こす筋肉の組み合わせを見極めます。口を動かしたときに目が閉じる方なら、目のまわりの筋肉が強く縮む側です。強く縮む側をゆるめ、動きにくい側を軽く引き出す。組み合わせごとに狙いを分けます。
首と肩の緊張も一緒に整えます。風池(ふうち)、天柱(てんちゅう)、肩井(けんせい)など。顔のこわばりは首の緊張と連動し、長く続いた麻痺では首肩に負担がかかっています。
4週ごとに、こわばりと共同運動の程度を同じ方法で確かめます。変化が乏しければ、続ける意味があるかを率直にお伝えし、医師の選択肢の相談をお勧めします。
時期と通い方の目安
後遺症の段階では、急ぎはありません。週1回で4週を一区切りにし、4週ごとにこわばりと共同運動の程度、生活のしづらさを測り直します。
- 初回:問診、後遺症の内容の確認、こわばりと共同運動の記録、マッサージの指導
- 1〜4週:週1回。こわばる筋肉と、共同運動の組み合わせに合わせて鍼をする
- 4週ごと:同じ方法で測り直す。変化があれば継続、なければ部位と目標を見直す
- 12週:目標に届けば2〜4週に1回の維持へ
共同運動が生活に大きく影響している方は、この区切りを待たずに、いつでもボツリヌス毒素の注射や手術について主治医に相談してください。鍼灸と並行できます。
後遺症に、誰が何を受け持つか

分かっていること(研究の報告)
数字は「研究でそういう報告がある」という意味で、効果を保証するものではありません。効果には個人差があります。
- 発症から半年以上たったベル麻痺の後遺症に週1回の鍼を行った無作為化試験(2015年)では、顔の機能の指標と生活の質の点数、こわばりの自覚が、行わなかった群より改善していました。
- 国内の報告(2018年)では、慢性期の患者に週1回の鍼を行い、顔面神経麻痺に特化した生活の質の尺度で改善がみられました。
- 完全麻痺の方で、表情を動かす練習を続けた群より、マッサージで動きを抑えた群の方が1年後の拘縮の点数が良好だったという国内の研究が、後遺症の段階でも強い練習を避ける根拠です。
- 電気刺激が共同運動を増やすかどうかは、研究をまとめても一定の結論が出ていません(2026年)。当院は後遺症の段階で筋肉を強く収縮させる刺激は使いません。
ポイント
後遺症の段階で鍼灸が約束できるのは「こわばりと生活のしづらさに働きかける」ことまでです。配線を戻す約束はしません。その代わり、医師の選択肢を遠ざけることもしません。
あわせて行うこと
- こわばる筋肉を伸ばすマッサージを毎日。手のひらで顔を温めながら、外へ向かってゆっくり広げる。1日2回、各2〜3分
- 力いっぱいの表情練習はしない。鏡を見ながら、口だけ・目だけをゆっくり単独で動かす練習に限る
- 共同運動を起こす動きを避ける。大きく口を開ける、強く目を閉じるといった動きは控えめに
- 共同運動が生活に大きく影響している場合は、ボツリヌス毒素の注射や手術について主治医に相談する。鍼灸と並行できる
- 食事で涙が出る、顔がつっぱるといった困りごとを記録し、4週ごとの測り直しで一緒に見る
急性期と回復期の考え方は、それぞれの解説にまとめています。表情筋の練習と電気刺激の是非、柳原法での測り方も別の解説をご覧ください。