この記事の要点
- 主役は耳鼻咽喉科の薬です。顔が急に動かなくなり、手足のしびれや力の入りにくさ、言葉のもつれ、強い頭痛を伴うときは、脳の病気の可能性があるため、すぐに救急車を。顔の麻痺だけのときも、その日のうちか遅くとも翌日に耳鼻咽喉科へ。薬の治療は早く始めるほど回復が良いとされています。鍼灸はその上乗せで、日本の診療ガイドラインでは急性期の鍼治療が「弱く推奨」されています。
- 鍼で神経の反応を確かめ、はっきり動けば神経の通り道を目標に、弱ければ顔の筋肉と首を目標に、進め方を分けます。
- 鏡の前で表情をくり返す練習はしないでください。後遺症を強めることが分かっています。
この症状の正体
顔面神経は脳幹から出て、耳の後ろにある細い骨の管を通り、耳の下で枝分かれして額、目のまわり、頬、口のまわりの筋肉に届きます。ウイルスの関与などで神経が腫れると、この管の中で圧迫されて信号が通らなくなり、顔の片側が動かなくなります。目が閉じない、口角が下がる、水を飲むとこぼれる、味が分かりにくい、耳の後ろが痛い。こうした症状が、朝起きたら急に出ているのが典型です。
原因のはっきりしないものをベル麻痺、帯状疱疹のウイルスによるものをハント症候群と呼びます。ハント症候群は耳の痛みや耳・口の中の水ぶくれ、めまい、難聴を伴うことがあり、ベル麻痺より治りにくいため、早期の抗ウイルス薬が重要です。
腫れが軽ければ、神経の線維は無事なまま信号だけが止まっている状態で、数週間で戻ります。腫れが強いと神経の線維そのものが傷み、根元から伸び直すのに数か月かかり、後遺症が出やすくなります。だから、最初の2週間に腫れを抑えることが何より大事です。
顔面神経の通り道

なぜ鍼灸が関わるのか
急性期の鍼灸の役割は2つあります。1つは見立てです。神経の通り道に鍼を置いて弱い電気を流すと、神経が残っていれば顔の筋肉がぴくっと動きます。この反応の明瞭さが、耳鼻咽喉科で行う神経の検査(ENoG・誘発筋電図)の値と対応することが報告されており、反応がはっきりしている方は神経が比較的保たれている可能性が高く、弱い方や動かない方は神経の傷みが強い可能性があります。鍼灸院でできる、見通しの手がかりです。
もう1つは、薬のあとの過程への働きかけです。ステロイドは神経の腫れを抑え、抗ウイルス薬はウイルスの増殖を止めます。鍼は、その後の神経の通り道の循環と、動かなくなった筋肉の状態に働きます。動物実験では、鍼通電が神経を育てる因子を増やし、傷ついた顔面神経の再生を促したという報告があります。人でも同じかは検証の途中です。
薬に鍼を加えた群の方が治癒率が高かったという比較試験のまとめもありますが、研究の質に課題があるという評価で、2010年の国際的なレビューでは結論が出せないとされました。その後、急性期と慢性期を分けて評価する研究が増え、2023年の日本のガイドラインで急性期の鍼治療は「弱く推奨」になりました。薬や手術の代わりという意味ではなく、時期や重症度、本人の希望を考えて選んでよい治療、という段階です。
補足
2011年の手引きでは、鍼治療は「科学的根拠が不十分で勧められない」でした。12年で評価が変わった理由は、耳鼻咽喉科と同じ物差し(柳原法や神経の検査)で効果を測った研究が蓄積されたからです。当院が同じ物差しで測るのは、このためです。
鍼灸の前に確かめること
顔の麻痺には、鍼灸では対応できない原因が隠れていることがあります。初回の問診で次の点を確認し、該当する場合は施術より先に医療機関の受診をお願いします。
- 顔の麻痺に加えて、手足のしびれや力の入りにくさ、言葉のもつれ、強い頭痛がないか。額のしわ寄せができるのに口だけ動かない場合も含めて、脳の病気の可能性があり、すぐに救急へ
- 耳鼻咽喉科を受診したか。ステロイドと抗ウイルス薬は始まっているか。発症から何日たっているか
- 耳の痛み、耳や口の中の水ぶくれ、めまい、難聴を伴っていないか(ハント症候群の可能性)
- 糖尿病、妊娠中、過去にも麻痺があったか。経過に影響することがあります
- 麻痺の重症度の点数(柳原法)と、神経の検査(ENoG)の結果が出ていれば、その値
すでに耳鼻咽喉科にかかっている方は、点数と検査結果、薬の内容を確認したうえで施術に入ります。受診前に来られた方には、施術より先に受診をお願いしています。
ご注意
発症から2週間以内のステロイドと抗ウイルス薬は、回復を左右する最も大事な治療です。鍼灸で受診を遅らせてはいけません。
どこに、どういう狙いで鍼をするか
最初に、神経の反応を確かめます。耳の前と下、神経が骨の管から出て枝分かれする場所に細い鍼を置き、ごく弱い電気を流して、顔の筋肉がぴくっと動くかを数秒間見ます。この反応で、進め方を分けます。
反応がはっきりしている方は、神経の通り道を目標にします。耳の後ろの翳風(えいふう)を中心に、神経の通り道に沿って鍼をし、ごく弱い電気を流します。狙いは神経周囲の循環と、再生の後押しです。
反応が弱い方、動かない方は、神経の傷みが強い前提で計画を立てます。額、目のまわり、頬、口のまわりの筋肉に浅い鍼を置き、首の風池(ふうち)、天柱(てんちゅう)、手の合谷(ごうこく)を加えます。回復までの数か月の間に筋肉がこわばらないよう整え、後遺症の土台を作らないことが狙いです。
反応を確かめて、進め方を分ける

時期と通い方の目安
急性期は、薬の治療と並行して週1〜3回を基本にします。研究で用いられた頻度は週1回から毎日までさまざまで統一した見解はなく、少なくとも週1回以上が共通しています。
- 初回:問診、薬と検査結果の確認、柳原法で採点、鍼で神経の反応を確認
- 1〜4週:反応に応じて、神経の通り道か、顔の筋肉と首かを目標に週1〜3回
- 4週ごと:柳原法の点数、目の閉じ方、共同運動の芽を同じ方法で測り直す。こわばりが出てきたら目標を切り替える
- 3か月:回復していれば間隔を空けて維持。回復の進み方は、この時期を待たずに耳鼻咽喉科で評価を受けてください。麻痺が重い場合の追加の治療は、発症から早い時期に耳鼻咽喉科で検討されます
途中で麻痺が強くなったときは、回数や時期を待たずに耳鼻咽喉科に相談してください。手足のしびれや言葉のもつれなど、顔以外の症状が出たときは、すぐに救急車を呼んでください。
2週間を過ぎて動きが戻り始めたら、回復期の考え方に移ります。回復期の進め方は別の解説にまとめています。
分かっていること(研究の報告)
数字は「研究でそういう報告がある」という意味で、効果を保証するものではありません。効果には個人差があります。
- 鍼通電で顔の筋肉がはっきり動く群は、耳鼻咽喉科の神経の検査の値が有意に高く、弱い群と動かない群は同じくらい低いという報告です。急性期90人を3群に分けた研究で、反応を確かめる根拠になっています。
- 国内の症例集積では、神経の検査の値が高い群の多くが1〜2か月で治癒した一方、値が低い群は半年近くかかり、治癒に至らない例が多数でした。見通しは最初の検査で大きく変わります。
- 発症早期から鍼・鍼通電を始めた群は、そうでない群より早く治癒したという報告があります(背景をそろえた比較)。
- 薬に鍼を加えた群で治癒率が高いという11試験のまとめがありますが、バイアスのリスクが高いという評価です。
ポイント
2023年版ガイドラインで、急性期の鍼治療は「弱く推奨」です。主役はステロイドと抗ウイルス薬で、鍼灸はその治療を受けたうえでの選択肢です。
あわせて行うこと
- 目の保護。閉じにくい目は乾いて傷つきやすいので、点眼と、就寝時の保護(眼帯やテープ)をお勧めします
- 鏡の前で表情をくり返す練習(百面相)はしない。神経が再生する途中に強く動かすと、本来と違う筋肉に神経がつながりやすくなり、後遺症を強めることが分かっています
- 顔を温め、手のひらでやさしくなでる。動かす練習ではなく、筋肉をゆるめる目的です
- 体を休める。発症直後は疲れとストレスを避けてください
- 強い電気刺激で筋肉を動かすことは、急性期には行いません。是非は定まっていませんが、後遺症を助長する懸念が長く指摘されてきました
やってよいこと、やらないことの詳しい説明は、表情筋の練習と電気刺激の是非の解説にまとめています。