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難聴・耳鳴りと鍼灸

治療後も残る難聴・耳閉感に、鍼灸ができること

突発性難聴の治療を終えたあとに残った聞こえにくさや耳の詰まり、年齢とともに落ちてきた聞こえ。この段階で聴力そのものを鍼で戻すのは難しいです。では鍼灸は何を目標にするのか、補聴器との役割分担を含めて率直に書きました。

公開 更新 症状:耳鳴り・難聴・聞こえにくさ

主役と、鍼灸が受け持つところ

補聴器・耳鼻咽喉科が主役で聞こえを補い、鍼灸は耳鳴りの苦痛度・耳の詰まり感・首肩のこわばり・睡眠を受け持つ役割分担の図解
聞こえを補う主役は補聴器と耳鼻咽喉科。鍼灸は、残った耳鳴りや耳閉感、首肩、睡眠を受け持ちます。

この記事の要点

  • 正直にお伝えします。この段階で、聴力そのものを鍼で戻すのは難しいです。治療後も難聴が残った方への鍼の研究では、20回の施術で聴力の数値は変わりませんでした。
  • 一方、同じ研究で、言葉の聞き取りやすさと耳鳴りの苦痛度は改善していました。鍼灸の目標はこちらに置きます。
  • 聞こえを補う主役は補聴器です。難聴を放置すると認知機能にも影響することが分かっており、早めに耳鼻咽喉科でご相談ください。

この段階の正体

内耳で音を受け取る有毛細胞と、その信号を運ぶ蝸牛神経は、一度失われると再生しにくい組織です。突発性難聴の回復は発症から数か月で固定に向かい、加齢による難聴は少しずつ進みます。年齢による難聴では、有毛細胞の脱落、蝸牛神経の変性、内耳の血管条と呼ばれる部分の障害、基底板の弾力の低下が重なって起こると考えられています。

突発性難聴の回復の判定には、耳鼻咽喉科で使う基準があります。5つの周波数の聴力が20デシベル以内に戻れば治癒、平均で30デシベル以上良くなれば著明回復、10〜30デシベルなら回復、10デシベル未満なら不変です。治療を終えて「不変」や「回復」にとどまった方が、このページの読者にあたります。

ここに鍼で「聴力を戻す」と言うことはできません。ただ、聞こえにくさの困りごとは聴力の数字だけではありません。耳鳴り、耳の詰まり、聞き取りの疲れ、首肩のこわばり、眠れないこと、会話を避けるようになること。鍼灸が働きかけるのはここです。

聞こえにくさの困りごと

聴力の数字のまわりに、耳鳴り・耳の詰まり感・聞き取りの疲れ・首肩のこわばり・睡眠・会話を避けるといった困りごとが並ぶ図解
聞こえにくさの困りごとは聴力の数字だけではありません。金の丸印が、鍼灸が目標に置く困りごとです。

なぜ鍼灸が関わるのか

この段階で鍼灸が関わる理由は2つあります。1つは、難聴に伴う耳鳴りと耳閉感です。内耳からの入力が減ると、脳がそれを補おうとして聴覚の活動を上げ、耳鳴りが起こります。耳の詰まり感も、聞こえの変化に伴って続くことがあります。鍼灸はこの部分、つまり「残った聞こえ」に付随するつらさに働きかけます。

もう1つは、首と肩です。聞こえにくい状態が続くと、聞き取ろうとして首を前に出す、顔を向ける、肩に力が入るといった姿勢が癖になり、首肩のこわばりと頭の重さ、睡眠の質の低下につながります。首や顎の筋肉からの感覚は脳の入口で耳からの信号と合流するため、首肩の緊張を減らすことは耳鳴りのつらさにも関わります。

鍼灸の目標は、聴力検査の数字ではなく、耳鳴りの苦痛度、耳閉感、首肩の緊張、睡眠に置きます。この目標の置き方を最初に共有することが、この段階で最も大切だと考えています。

補足

「鍼で聞こえが戻った」という体験談を目にすることがあります。突発性難聴の発症から間もない時期なら、自然な回復や治療の効果と重なっている可能性があります。治療後に固定した難聴で聴力の数字が戻ることは、研究では確認されていません。

鍼灸の前に確かめること

治療後に残った難聴では、「本当に固定しているか」と「他の原因が隠れていないか」を先に確かめます。

  • 耳鼻咽喉科で最後に聴力検査を受けたのはいつか。回復の判定はどうだったか
  • 聞こえが最近また変わっていないか。変わっているなら、先に耳鼻咽喉科へ
  • 補聴器の相談をしたか。していないなら、その理由
  • 耳鳴りの苦痛度(THI・ティーエイチアイ)の点数。眠れているか
  • 首肩のこわばり、頭痛、顎の症状の有無

聞こえがまた落ちてきた、反対側の耳にも症状が出た、めまいを伴うようになった。こうした変化がある場合は、鍼灸より先に、その日のうちか遅くとも翌日に耳鼻咽喉科を受診してください。急な聞こえの低下は、治療を早く始めるほど結果がよいとされています。固定したと思っていた難聴が、別の病気の始まりだったということもあります。

どこに、どういう狙いで鍼をするか

耳のまわり(聴宮・翳風・完骨)、首の後ろと肩(天柱・風池・肩井)、手の甲と前腕(中渚・外関)という部位は、突発性難聴や耳鳴りと共通です。この段階で変わるのは、部位ではなく狙いです。

耳のまわりは、耳鳴りと耳閉感に。首の後ろと肩は、聞き取ろうとする姿勢で固まった筋肉の緊張に。手の部位は体全体の反応に。首や顎を押して耳鳴りが変わる反応点があれば、そこを加えます。弱い電気を流す鍼通電は、耳鳴りの苦痛度を目標にする場合に耳のまわりで使うことがあります。

10回ごとに、耳鳴りの苦痛度の質問票、音の大きさの目盛り、眠れた日数、首肩のこわばりの自覚を測り直します。変化が乏しければ、続ける意味があるかを率直にお伝えします。

時期と通い方の目安

治療後に残った難聴では、発症からの時間による急ぎはありません。週1回で10回を一区切りにし、10回目に測り直して継続か見直しかを決めます。20回で目標に届けば、2〜4週間に1回の維持に移ります。

補聴器の相談は、鍼灸と並行して、先延ばしにしないでください。補聴器は装用に慣れるまでに時間がかかり、聴力が落ちきってから始めるより、早いほど慣れやすいことが知られています。

分かっていること(研究の報告)

数字は「研究でそういう報告がある」という意味で、効果を保証するものではありません。効果には個人差があります。

  • 耳鼻咽喉科の治療後も難聴と耳鳴りが残った25人に、週2回、10週間で計20回の鍼を行った研究では、4つの周波数の平均聴力は変わらなかった一方、言葉の聞き取り(語音弁別能)と耳鳴りの苦痛度(THI)が改善していました。当院が「聴力そのものではなく、聞き取りと耳鳴りを目標にする」根拠です。
  • 2024年のランセット委員会の報告では、難聴は取り除けば認知症が減ると考えられる危険因子のひとつで、人口全体で約7パーセントを占めると推計されています。
  • 認知症のリスクが高い難聴者に補聴器と聴覚のケアを行った大規模な比較試験では、3年間の認知機能の低下が、健康教育だけの群に比べて約半分に抑えられました。補聴器を主役に置く根拠です。

主役と、鍼灸が受け持つところ

補聴器・耳鼻咽喉科が主役で聞こえを補い、鍼灸は耳鳴りの苦痛度・耳の詰まり感・首肩のこわばり・睡眠を受け持つ役割分担の図解
聞こえを補う主役は補聴器と耳鼻咽喉科。鍼灸は、残った耳鳴りや耳閉感、首肩、睡眠を受け持ちます。

ポイント

難聴は「年のせい」で片づけると、会話を避けるようになり、認知機能にも影響します。補聴器は聞こえを補うだけでなく、頭を使い続けるための道具です。耳鼻咽喉科で相談するのが最初の一歩です。

あわせて行うこと

  • 補聴器の相談を先延ばしにしない。装用に慣れるには時間がかかるため、早いほど有利です
  • 耳鳴りがある方は、静けさを避ける音の工夫(音響療法)と、耳鳴りの仕組みの理解を。進め方は耳鳴りの解説にまとめています
  • 聞き取りやすい環境を作る。向かい合って話す、騒がしい場所を避ける、テレビの音量を上げるより字幕を使う
  • 首と肩を温め、同じ姿勢を長く続けない。寝る前にスマートフォンを見る時間を減らす
  • 会話を避けない。聞こえにくいことを周囲に伝え、ゆっくり話してもらう

鍼灸は、聞こえを補う主役にはなれません。主役である補聴器と耳鼻咽喉科の対応を支えながら、残ったつらさを受け持つのが当院の役割です。