この記事の要点
- 骨盤の底で膀胱と尿道を支える筋肉がゆるみ、咳やくしゃみの瞬間に支えきれずに漏れます。頻尿とは仕組みが違います。
- 主軸は、骨盤底の筋肉を自分で締めるトレーニングです。最初の1回を一緒に行い、締める感覚をつかみます。
- トレーニングだけで足りない方には鍼通電を加え、締まる感覚を引き出して効率を上げます。
この症状の正体
咳、くしゃみ、笑う、走る、跳ぶ、重い物を持つ。お腹に力がかかった瞬間に漏れるのが腹圧性尿失禁です。強い尿意はないのに漏れるのが特徴で、女性の尿失禁の約半数を占め、出産後の20代、30代にも少なくありません。
膀胱と尿道は、骨盤の底にハンモックのように張られた筋肉と靭帯で支えられています。出産や加齢、体重の増加でこの支えが弱くなると、尿道を締める力が落ち、腹圧がかかった瞬間に支えきれずに漏れます。膀胱が過敏になって縮んでしまう頻尿タイプとは仕組みが違うので、対処も変わります。両方が重なっている混合型の方もいます。
膀胱と尿道は、骨盤の底のハンモックで支えられている

なぜ鍼灸が関わるのか
腹圧性尿失禁で最も優先度が高いのは、骨盤底の筋肉を自分で締めるトレーニングです。日本のガイドラインでも、欧州のガイドラインでも、第一に勧められています。鍼灸院がこれに関わる理由は2つあります。
1つは、締める感覚をつかむことの難しさです。骨盤底の筋肉は目に見えず、「締めてください」と言われても、お腹やお尻、太ももに力が入ってしまう方が多くいます。当院では最初の1回を一緒に行い、肛門と尿道をすぼめる感覚だけを取り出す練習をします。感覚がつかめれば、あとは自宅で続けられます。
もう1つは、トレーニングだけで足りない方への上乗せです。骨盤底の筋肉とそこを通る神経への鍼通電は、骨盤底が締まる感覚を引き出し、トレーニングの効率を上げる狙いで使います。腹圧性尿失禁の女性304人を対象にした比較試験では、8週間のトレーニングに鍼通電を加えた群で、偽の通電を加えた群より尿漏れの量と症状スコアが改善し、8か月後も差が保たれていました。
補足
鍼通電は、トレーニングの代わりではありません。自分で締める力を取り戻すのが目標で、鍼通電はその感覚をつかみやすくする補助です。通電中は肛門のまわりがきゅっと締まる感覚が出ます。
鍼灸の前に確かめること
- 泌尿器科を受診したか。腹圧性か、切迫性か、混合型か
- 漏れる場面。咳やくしゃみだけか、強い尿意を伴うことがあるか
- 1週間あたりの漏れた回数と、パッドの使用状況
- 出産歴、骨盤臓器脱(膣から何かが下がる感じ)の有無。重症度によっては手術の適応になります
- 血尿、排尿時の痛み、発熱、尿が出にくい感じがないか。どれか一つでもあれば、鍼灸より先に泌尿器科か内科を受診してください
骨盤臓器脱や子宮筋腫がある方は、重症度によって手術が適応になることがあります。泌尿器科か婦人科で確認してから鍼灸に進みます。
ご注意
強い尿意を伴う漏れが混ざっている混合型の方は、頻尿タイプの対処も必要です。日誌と質問票で分けて確かめます。
どこに、どういう狙いで鍼をするか
主軸は、骨盤底の筋肉のトレーニング
当院で最初の1回を一緒に行います。やり方は、ゆっくり10秒締めて、30秒休む。これを10回で1セットとし、1日5セットを目安にします。お腹、お尻、太ももに力を入れず、肛門と尿道をすぼめる感覚だけを使います。息を止めないことも大切です。
1か月続けた方の約3割、2か月以上続けた方の6割超で尿失禁が改善したという報告があり、360人の比較試験では12週間で1週間あたりの漏れた回数が11回から4回に減りました。続けることが何より大事で、効果が出るまで2か月はかかります。
鍼通電の狙い
トレーニングだけで十分でない方に、骨盤底の筋肉とそこを通る陰部神経の領域への鍼通電を加えます。お尻の下、肛門の脇にある会陽(えよう)などで、速めの周波数で20〜30分流します。狙いは、骨盤底が締まる感覚を引き出し、トレーニングの効率を上げることです。
仙骨のまわりを加えることもあります。頻尿が混ざっている混合型の方では、すねの内側や仙骨のまわりで膀胱の反射を落ち着かせる狙いを併せます。
主軸と、鍼灸が上乗せするところ

時期と通い方の目安
- 初回:問診、質問票(尿失禁の症状質問票)、1週間の漏れた回数の記録。トレーニングの最初の1回を一緒に行う
- 1〜4回:週1回。トレーニングの続き方を確認し、必要なら鍼通電を加える
- 4回目:漏れた回数と質問票で測り直す。トレーニングが続いているかを確かめる
- 8〜12回:目標に届けば間隔を空けて維持。トレーニングは続ける。届かなければ泌尿器科での再評価と、薬や手術の相談をお勧めする
トレーニングの効果は2か月以上かかります。4回目で変化がなくても、トレーニングが続いていればそのまま進めます。
分かっていること(研究の報告)
数字は「研究でそういう報告がある」という意味で、効果を保証するものではありません。効果には個人差があります。
- 骨盤底筋トレーニングは、日本と欧州のガイドラインで腹圧性尿失禁の第一の治療として勧められています。1か月で約3割、2か月以上で6割超の改善という報告があります。
- 高齢女性360人の比較試験では、12週間のトレーニングで1週間あたりの漏れた回数が11回から4回に減りました(2020年)。
- 腹圧性尿失禁の女性304人の比較試験では、8週間のトレーニングに鍼通電を加えた群で、偽の通電より尿漏れの量と症状スコアが改善し、8か月後も差が保たれていました(2023年)。
- 女性の腹圧性尿失禁への鍼を11試験・約1,500人でまとめた2025年のレビューでも、同じ方向の結果です。
ポイント
鍼灸院に通うことより、毎日のトレーニングが結果を決めます。当院の役割は、締める感覚をつかんでもらうことと、続ける手助けです。
あわせて行うこと
- トレーニングを毎日続ける。歯磨きや入浴と結びつけると続きます
- 体重を整える。腹圧が減ると骨盤底の負担が減ります
- 便秘を解消する。いきむ動作は骨盤底に負担をかけます
- 咳が続くときは早めに治す。慢性の咳は漏れを悪くします
- 重い物を持つときは、持ち上げる前に骨盤底を締める癖をつける
トレーニングの詳しいやり方は別の解説にまとめています。頻尿が混ざっている方は、頻尿の解説もご覧ください。